ソフト会社めぐり紀行 vol.1

はじめに・・・
この紀行文はかなり乱暴な言い回しで不満ばかりですので、もし気分が悪くなるかもしれない人は飛ばしください。

vol.2 よりもずっと前の話なので、就職活動時期としてはかなり早いです。

2000/01/19(水)

この日は夕方までバイトで、そのあと車で東京に向かった。20、21日で計5社のソフト関連会社に訪問する。この訪問には同じ学年のおばちゃんが一緒だ。彼もバイトが忙しいようだが、私が「いろんな会社訪問をしてくるよ」と言うと、「一緒に行きたい」ということで、助手席に座って一緒に行くことになった。
彼は運転はできないので、私が埼玉まで運転し続けたのだった。

どうやって訪問する会社を選んで、会社訪問が可能になったのかというと、主にインターネットでSEを募集している会社を調べ、その会社のホームページを見て事業内容を調べた後、半分直感で「よしっ、これだ!」と決め、人事担当の方にメールを送って会社訪問の許可を貰った。

やはり有名どころ、大企業に「個人的に会社訪問をしてみたいのですが?」とメールしてもそっけない返事で許可してもらえなかった。理由はいろいろあるだろうけど、その理由を一言も書かないで断るのはどうなんだろう?

個人的な会社訪問というのは、会社はどう思うのだろう。時間を割くのはもったいないが、やはり自分の会社が注目されている、ということで嬉しそうな顔をしている人が多い。それに学生の生の声を聞ける、というのが貴重なのかもしれない。

2000/01/20(木)

夜通し走り、朝の4時頃に埼玉の狭山ヶ丘駅近くの24時間レンタルショップの駐車場に車を止め、少し休んだ後、例の氷川台の先輩のアパートに行った。東京は始発が早いのでなかなか便利だ。

先輩のアパートでスーツに着替え、一緒に池袋へ向かう。もちろんおばちゃんと一緒だ。この日は2社まわる予定だ。午前中は新宿のソフト会社だ。南口?を出てちょっと歩くと貸しビルの5Fにあった。

それにしても新宿駅は広かった。広いだけならいいが、構造が複雑で初めてきた人は絶対迷う駅NO1だろう。

10時に訪問する予定だったので、その10分前に行ってみると「うちの会社は10時からなので・・・」と言われてすこし待たされた。

この会社訪問が本当に最初の会社訪問なのでかなり緊張していた。いろいろ聞こうと思っていたことも半分忘れてしまった。でも今考えてみると、それはそれで後につながるいい経験ではあった。

10時ちょっと過ぎた辺りで会社の社長さんと人事担当者2名の計3人が会ってくれた。はじめは会社の事業内容などの説明だった。詳しく丁寧に教えてもらったのでなかなか感動してしまった。

その会社で説明を受けるまでは、こちらから会社にいきなりメールを送って訪問の許可をもらっても、実際に訪問したら軽くあしらわれて「なんだこの田舎者は」と言われて終わるかもしれない、というふうに、どうも失敗しそうなことばかり考えていた。

それは個人的な会社訪問の型、というかイメージが自分でうまくつかめなかったからかもしれない。面接と違ってその会社に入社したいから訪問しているわけではなく、ぶっちゃけた話、業界に興味があって、その業界をささえる会社はどうなっているのだろう、という思いが一番最初にあるから、その会社自体への興味というのはあまりなかったような気がする。でももちろん、良いと思う会社があったら後から試験や面接を受けるつもりでいた。

この会社は設立10年、社員約70名。企業、銀行、省庁へのシステム設計や大学との共同研究など新しい分野への開発もやっている。もちろん実際に社内にいたのは10名程度だが。新入社員は10名近く採りたい、と言っていた。

人事さんもいろいろなシステム開発に携わっていたようなので、技術的なこともいろいろ聞けた。データベースで、どのような場合にVBとVCを使い分けるのか等、すぐに役立ちそうな話だ。

その会社で一番おもしろいと思ったのが、新入社員研修で自作PCを組み立てさせる、というものだ。どこかの大学の講義でもPC組み立てからOSのインストールまでをやっているところもあったが、会社で組み立てさせるというのは初めて聞いた。

今の時代ではパーツを一つ一つ組み立てたからといって、メーカー品のPCよりも安くなるとは限らないし、相性が悪いと起動しないことがある。だけど、自作PCというのはメーカー品よりも愛着が湧くし、パソコン自体により深い興味を持つようになる。パソコンに興味があるからソフト会社に入る、というような社員だけならこれは必要ないのかもしれないが、やはり会社に入ってから興味を持たせるような研修があるということは、実際にソフト会社の新入社員が皆パソコンに興味があるという訳ではないらしい。

時代はどんどんハイテク化してくると、自分の使っている機械がどんな風に機能しているか、ということより使えるかどうか、が重要になっている。それは良い事か悪いことかは分からないが、複雑な機械をあんまり簡単に扱えるようにするのはどうなんだろう?とよく考えてしまう。

その会社では11時まで訪問し、その後電車で横浜へ向かう。2社目は横浜駅近くの会社だ。かなり余裕をもたせて16時に訪問することにしていたので、会社の場所を確認してから公園でたそがれていた。もうちょっと暖かかったら寝過ごしていたかもしれない。昨日からほとんど寝ていなかったので・・・。

それにしても横浜駅の平日の昼下がりはマダムがいっぱいでかなり圧倒された。多分これから買い物や友達と遊んだりするのだろうけど、それを見て持病の「毛嫌い病」が出て、横浜市内には住めないなぁ、と決め付けていた。

東京や横浜では街毎にそこで遊んでいる年代層が偏っているように見えた。ガキなら渋谷新宿や桜木町、大人なら銀座横浜あたり。私の地元のように子供もカップルも家族連れもお年よりも同じ街で遊んでいるのと違って、それはそれで分かりやすくて、どんな場所に行けばどの年代層向けの店がある、ということなんだろうけど、その分世代間のギャップや交流が無くなるような気もする。

たそがれた後、16時10分前に会社に向かう。その2社目の会社は貸しビルの3Fにあった。このビルはかなり立派で広く、1社目の会社よりは雰囲気もよく明るかった。従業員は80名程度で設立4年目。社員にアジア各国のSEが多いそうで、英語が必要な国際的な仕事も多く請け負っているようだ。ただ、会社紹介のHPがちょっと怪しかったので、これは本当にソフト会社だろうか?という疑念がちらついていた。

訪問すると奥の部屋に通され、しばらく待った後、女性の人事担当者がやってきて「これは少ないですが、わざわざおいでくださったので・・・」と言って封筒を渡してくれた。地方の大学生ということを明かしていたので、旅費は大変だったろう、ということを理解してくれたらしい。そのときはいくら貰ったかは全然想像できなかったけど、わざわざバイトを休んでまで訪問してよかったなぁ、とまたもや感情的感傷的になってしまった。それではいけない。

その会社の代表者が外に出ていたので、その人事さんにいろいろと質問をしていた。その人は技術的なことは詳しくはないのだけど、いかにも「横浜マダム連合代表」のような落ち着いた口調で説明してくれた。別に嫌味な感じはしなかくて、本当に丁寧に説明してくれたのだ。

しばらくするとこの会社の代表者が戻ってきたので、会ってくれることになった。その人は50歳近く、昔は東京、横浜の貿易商社にいたそうだ。私の高校の日本史の先生(通称ヨシキ先生)にとても似ていたので、ヨシキさんはよく話す人だなぁ、と思いながら聞いていた。

ヨシキさんは
「今必要とされる技術者の資格とは、VB、VC、オラクル、UNIX、英検2級以上、情報処理1種、だ! しかし、これらを全て持っている人は少ない。特に英語だ問題だ。だから内の会社ではアジアの英語に長けているプログラマーを募集している」
という話が多かった。

確かに英語も必要だし、今データベースといえばオラクルだから、納得できる話だけど、そんなことを今の学生にいってもピンと来ないだろうなぁ、とも考えていた。

一応私もおばちゃんもそれなりに知識はあるので、面白い話ではあったけど、そんなにSEで必要な知識がはっきりしていても、未だ大学ではC言語の基礎を教える程度で、その差はあまりにも大きいような気がする。

アメリカのシリコンバレーと関係の深い大学では、講義でJAVAがあるそうだ。これはIBMの陰謀かもしれないけど、大学ではもうすこし実用的な最新技術を講義したほうがいい。別にJAVAが実用的というわけではないが。

ヨシキさんの話に戻ると、
「今わが社では遊んでいる人がたくさんいる。それでもしょうがないのである程度知識を得るためには時間を与えている」
遊んでいる、というのはC言語などを勉強している、ということらしい。
この会社ではまだ新卒を採ったことは無いので、少しずつ中途採用で社員を増やしてきたのだけど、未経験者でもやる気がある人は採用してきたらしい。

ヨシキさんの話は面白かったけど、時折馬鹿にしている話し方もあった。あれはなんだったのだろう。もしこれが本当の面接だったら我慢できなかったのかもしれないが、会社訪問ということで、その辺は軽く聞き流しておいた。

その日は横浜から氷川台の先輩のアパートへ行き、泊らさせてもらった。ほとんど寝てなかったのと、慣れていない革靴で歩き回ったのでかなりくたくただった。

2000/01/22(金)

この日は3社回る予定だ。午前は新宿のソフト会社だ。地名は忘れたけど、有楽町線沿いの会社だった。貸しビルの中にあったのだが、1階のビル内の会社案内板にその会社名が無かったので、はじめは他のビルなのかな? と迷っていたが、ちょっと調べてみるとそのビルの3階ということが後から分かった。

10時ちょうどに着き、入り口近くのスペースに会社の方二人が来て、いろいろと話を伺った。案内されるときに受付の女の子がいたのだが、話によるとその女の子は大学生のアルバイトで、事務的な仕事をして時給は私の1.5倍らしい。その話を聞いて愕然となり、東京の敷居が異様に高く感じられてしまった。

確かに東京の方が物価は高いので時給が高くなるのは仕方がないのだけど、そんなに地方と格差があっていいのか、えー! と叫ばずにはいられない。改めて自分がその格差を体験すると妙に腹が立ってくる。

まぁ、そんなことを考えていてもしょうがないのだけど、これは地方自治体の財源の多くを未だ国に頼っていることにも若干関係あるのでは、頑張れ石原都知事! などともつぶやいてた。

その会社は設立5年で社員が70名程度。主にネットワークシステム構築を手がけているそうだ。社内には10名程度が働いていた。

話を伺ったのは会社の代表者とディレクターという人。おそらく人事も担当してるらしいので、一緒に会ってくれた。

はじめは会社を説明してくれ、新卒者は数名採用しているが、どうも本気でプログラマーになろうという人はあまりいない、というような話をしてくれた。

途中ディレクターが、今会社で新しく開発しているシステムを説明しながら、「今ね、これがHOTなんですよ。HOTって分かる?」と聞いてきた。

ディレクターは親切心で言ったのかもしれないが、そのときはどうも馬鹿にされたような話し方で、嫌な気分になった。もちろんその人は地方からわざわざ来ている、ということは知っていた。

一瞬私は「藤井隆のホットホットダンスなら知ってますが」と答えそうになったが、多分この人はこのギャグを知らないから冗談にならないだろう、ということでやめておいた。

その会社訪問は後から考えると、どうもギクシャクしてたと言うか、失敗した面接のようでしっくりこなかった。旅費をもらったのでそんなに文句は言えないのだけど。

11時半には会社を後にし、次の会社がへ向かった。今度は秋葉原へ行く。

JRで秋葉原駅から4分程度歩くと貸しビルの3、4、5階に訪問する会社があった。受け付けへ行き、奥の部屋で30分くらい待っていた。こちらからの突然なので待たされるのはしょうがないところだ。

しばらくして人事さんが一人で来て、いろいろと話をしてくれた。この会社は設立10年、社員120名程度で、いろいろなハードも研究・開発している。そのため、その会社オリジナル製品が多数あり、いろいろと売り出しているようだった。ただ、純粋なパッケージソフトの開発はほとんどやっていなかった。

とにかく秋葉原の真中にある会社だから、本当に秋葉原が好きで、将来は秋葉原に毎日通いたい! というような人にはもってこいの会社なのかもしれない。

その人事さんは落ち着いて会社を説明してくださったので、こちらからも思い切っていろいろな質問を投げかけた。その1つに「わかります」と言ってくれたのが妙に嬉しく、さっきのディレクターさんとは大違いだ。

こちらは学生の身ではあるけど、いろいろな経験をしているし、学生だからできるようなこともやってきた。それをきちんと聞いてくれる、というのは素直に嬉しい。

この人事さんから最後に「このように会社に訪問してくださると、後の入社試験や面接で非常に印象がよくなりますよ」と言われた。それは私どもの会社を受けてください、という意味もあるのだろうけど、人事さんの正直な考えだったのだと思う。ただ、私には後で印象がよくなるだろう、という気持ちは一切無かった。それよりも業界のことを直接体験しながら詳しくなりたいだけだった。

その会社は15時に出て、次のソフト会社へ向かう。神田駅近くのソフト会社だ。

この会社もビルの複数階を利用していて、事務用の階に通された。会ってくれたのは常務取締役で人事や営業などをしているIさんだ。この人とメールのやりとりをしていた。

この会社は設立3年、60名程度の従業員がいる。やはり大手の下請けが中心だが、動画の研究など幅広い分野で開発していた。まだ新卒を採用していなかったが、そろそろ新卒の採用も考えようかという時期らしい。

しばらくそのIさんと話をしていたが、しばらくして下の開発室から人を呼んできて技術者Kさんと直接話す機会をいただいた。単にIさんが忙しかったのかもしれないが。

Kさんは九州出身で、有名メーカー系ソフト会社に入っていたのだけど、1年ちょっとで退社し今の会社でプログラマーとして頑張っているそうだ。

Kさんはもともと研究等でプログラムが好きになっていたのだが、就職してからは自分で開発することはほとんどなく、下請け会社との仲介的な業務に嫌気がさして、今の会社で開発することにしたそうだ。他の社員も同じ経歴の人が結構多いらしい。

年が近かったということもあるが、Kさんと1時間くらい話し合ってしまった。本当に話が面白かったのだ。

この訪問記のずっと後(vol.2)の話だけど、学生が100人程度集まった会社説明会でもプログラマーと直接話せる機会があったが、このときにやってきたプログラマーは入社してもうすぐ1年という駆け出し社会人ばっかりで、こちらの質問にきちんと答えてくれなかった、というより答えられなかったのかもしれない。

私のほかの学生はそれこそパンフレットに書いてあったり、さっき説明されたことを改めて聞いていた。そればっかりではちっとも会社が見えてこないので、私はもうすこし技術的な質問をしてみたが、「それは、よく分かりませんね。私どもの部署とは無関係です」などといって全然答えてくれないのだ。

そして何かにつけては「全くプログラムができなくても私のように会社も辞めないで頑張っています」といったことを強調している。そんなことばかり言われても正直言って尊敬はできない。

おそらく入社1年目の社員を会社説明会に呼ぶのは、学生に年が近いので学生とコミュニケーションが採りやすいだろう、そして、長年技術的業務をやってきた50歳近い社員よりは会社のイメージが若く、明るく見えるだろう。さらに、入社数年の社員よりは1年目の社員の方が無難なことを話してくれるだろう、という人事部長さんの考えが伝わってくる。

確かに将来同僚になるかもしれない人と話す機会があるというのは重要なのだけど、もっと会社のことを詳しく知るためには、最低5年くらい勤務した人と話さなければならないだろうか。その会社が今どうなっているか、よりも、どう変わってきて今はどうなっているか、を知る方が重要な気がする。

話を戻すと、Kさんはまだ仕事が残っているそうなので1時間程度で話を終わらせ、メールアドレスを教えて会社を出た。もう18時をまわっていた。

最後にKさんと話ができたことが一番嬉しかった。とにかくお金はかかったけど、行ってよかったと今も思っている