竜馬紀行

1998年夏の思い出

 

21:42
98/08/21

この日の日記は旅行する前に書いた。これじゃ日記じゃないけど・・。

この竜馬紀行は仙台から車で高知まで行って、桂浜の竜馬像をみるという壮大な旅行なのです。この暑いさなかに南へ行くこと自体おかしい、でもそれがいい。旅行には同い年の原が一緒だ。彼の親戚が岐阜に、友達が京都にいるのでそれを有効利用させてもらうだろう(笑)





20:10 98/08/22

昨日は仙台を21:30頃で出て、新潟の7号に入ったところで休んだ。ちなみにルートは日本海側からいくことにした。これは途中岐阜によることを考えるとこちらの方が近いからだ。7:30頃起きて7号から高速に乗りそのまま富山まで移動。ちょっと休んで国道で飛騨高山、下呂を超えて一気に岐阜まで到着。18:00ころだったかな。そこに原の親戚がいるので待ち合わせして家におじゃました。僕は初対面だけどいろいろ面倒を見てもらって助かりました。ただ、焼肉+ビールの後の納豆ご飯はきつかった。もう満腹です。その日はそこに泊めてもらいました。やっぱり布団が一番よ。 22:43 98/08/23

今日は京都に行くつもりだ。昨夜原の親戚といろいろと行き方について検討した結果、関が原まで国道で行って、そこから(?どこだっけ)まで高速、また国道で信楽、宇治を通って京都の京田辺まで行くことにした。家を8:00頃出てあとはひたすらドライブ。この日も暑かった。でも飛ばした。スピードは出してないけど、あんまり休まないで一気に移動した。途中、信楽高原で大量の狸と出会った。観光客もそこそこいたような。僕も車を止めて何か見てみればよかったかな。宇治では山に茶畑がありなかなかいい景色でした。うーん写真とればよかった。

京都には3:00頃着いた。なぜこんなに急いだかというと、この日のうちに伏見寺田屋を見学したかったから3:30頃寺田屋についたと思う。もうあんまり見る時間は無かったけど、いろいろと見させてもらいました。もちろん写真とか遺品の展示もよかったんですが、寺田屋の建物の雰囲気というか、ここにいて竜馬とわずかながら時間を共有できたような気がしました。たしか土曜だったので観光客がそこそこいました。やっぱり竜馬ファンはいっぱいいるなぁ。お土産もいろいろ売っていました。そこでは竜馬の歌の色紙を買ったんですが、その歌とは有名な・・・

  世の人は 我を何とも言わば言へ

  我なすことは 我のみぞ知る


です。ほかにもっと大きい色紙とか、写真とかもあったんですが、特に気になったのが新撰組のステッカー! ぱっと見だと暴走族を連想するような字で「近藤勇」「土方歳三」って書いてあるんですよ。おもしろいなぁ。

寺田屋の中ではデジカメで取りまくっていたんですが、その最中にデジカメが壊れてしまいました。どうやら電圧が高い電池を使ってしまったかららしい・・。まぁしょうがないや。目に焼き付けておこう、とじっくりと見て回りました。寺田屋を出て左にちょっと行くと商店街のアーケードが見えるんですが、そこに行くまでの通りが「竜馬通り」になっていて、竜馬にちなんだものも売るっていました。その後もう1回寺田屋に戻って、見学に来た人たちが書いていった絵馬のメッセージを読んでました。合格祈願、彼女作るぞ、元気が沸いてきました、などいろんなメッセージがありました。と、そのとき急に夕立が降ってきてやむなく僕らと近くの観光客2人は寺田屋の中庭の軒下であまやどりすることになりました。なかなかやまないのでそのまま待っていると、中からおかみさんが出てきて「これ使ってください」とビニール傘をもらってしまいました。僕は感動して何度もお礼を言ったように覚えています。

その後同志社大学に通う原の友達の小野っこと待ち合わせして、彼のアパートで休んだ。移動と観光同時は疲れる。



これがうわさの寺田屋。沢山人が死んでいる。



もうちょっと大き目の竜馬先生がいい...

20:25 98/08/24

今日は朝から、二つのことが頭にいっぱいで眠れない。一つはデジカメをすぐに修理できるのか。もう一つは○○に行くことだ。
AM9:30頃京都のシャープエンジニアリングセンターに電話して、すぐに修理できるか聞いてみた。が、1週間はかかるとのこと。くやしいが、これ以降のデジカメ撮影を断念することにした。原がいちおう「写るんです」を持っているので、これに写してもらうことにする。それにしても悔しい。原因もよくわからんし。まぁ、しょうがないか。そのぶん、目に焼き付けよう、と決意する。

AM10:00から小野っこの通う同志社大学に見物にいった。京都といっても南の外れの京田辺というベッドタウンに新設されて間も無いという。広い!とにかく広い!敷地内では自転車などに乗ることはできなく、ずっと歩いて見物した。まだ夏休み中なので人はまばらだった。計算機室のほかに、ロビーのようなところで日立の液晶フローラが円テーブルにおいてあり、自由に使えた。しかし、こんな立派な施設があるのに、休み期間が多いのはもったいない気がする。他の大学では予算が足りないというのに...。近くには同志社女子大、同志社付属高校があった。

AM11:00から生協の食堂が開くので、そこで学食を食う。値段は...安い!
おれが食ったトマト冷麺が330円!
安すぎる!どっかの大学も見習ってほしいものだ。その後、小野っこのアパートにもどりついに京都の町に車で繰り出すことにした。

国道24号を北へ進む。ちょっと迷いながらも何とか四条大橋の交差点を通過し、近くのパーキングに止める。そのとき・・・

ここで大事件が・・。知りたければ最後まで読むべし

彼はちょっと不満のようだったが「いい旅の思い出になった」と、しみじみしていた。帰りにちょっと先斗(ぽんと)町を通った。かつて、人斬り以蔵が暗殺を繰り返した場所だ。車が入れないほど狭い路地で、古い店も並んでいた。

15:00頃駐車場にもどり、霊山に車で向かう。すぐ近くだ。一時間?500円の駐車場に車を停め、竜馬の墓を見物に行く。入り口では入場料300円を取られる。なんで墓参りするのに金を取るんだ!と思いつつも、券を買い中に入る。石段をしばらく登ると、あった!
竜馬と中岡の墓だ。とりあえず原に写真を頼む。二人の墓のとなりに藤吉の墓もあった。これはよくみないと気づかないだろう。書いてある字も「藤吉」しか読めなかった。後ろを振り返ると、防犯カメラが設置してある。あ、この管理費のために有料なのか、と一人で納得する。竜馬・中岡の墓の前は見晴台となっていて、京都の町を眺めることができて絶景だ。さらに上に登ると土佐藩、長州藩等の要人の墓がたくさんあった。ほとんどの墓の前には白いもちが置かれてあった。供え物の量から見た人気順は、竜馬・中岡、高杉晋作、吉田稔麿、という感じ。一番高いところに木戸孝允(桂小五郎)の墓があった。一番立派な墓だったが、竜馬より上にいるのは正直気に食わない。とにかくたくさんの墓があったが、本当にここに遺骨が納められているのは誰だろうと疑問に思う。後で調べることにする。見終わったのは17:30頃で、霊山歴史館に入ることができなかった、というか、この日は月曜日で、定休日であったのだ。とりあえず入り口の写真を撮ってもらう。しかし、それにしても汗をかいた。山の上は風があって涼しいが、やはり階段を歩くのは大変だ。登山している気分だ。

19:00頃小野っこのアパートの近くの中華レストランで夕食を食う。もう、腹いっぱいだ。しかし、眠くなってはいけない。これから、夜の闇に紛れて神戸まで行かなければならないのだから。小野っこのアパートでシャワーを浴びた後、23:00頃いざ土佐へ出発だ!
とりあえず1号で大阪をめざし、2号で神戸を過ぎて明石へつく。大阪を過ぎるとほとんど車は走っていない。すいすいと通れてで気持ちよい。明石から垂水ICで明石海峡大橋に入った。深夜ということもあって、車はまばらだ。しばらく走って淡路大島のPの一つで仮眠を取り、翌日の6時頃からまた走りはじめた。



同志社大学。全然学生はいないが学食のメニューは多かった!



彼の左手に持っているものが今回の旅のすべてを物語っている



竜馬先生、中岡先生、藤吉の墓。白っぽくなってるけど心霊写真じゃないよ。たぶん



墓の方から京都市を一望してしまった



霊山歴史館!入りたかった。よりによってこんな日に休館日とは

98/08/25

7:00には徳島市内についた。通勤ラッシュで込むかなぁ、と思っていたがそうでもなく、なんとか流れていた。そのまま394号に入る。しかしこの剣山(つるぎさん)に向かう国道は、狭く、急カーブ、急な山道で、ハンドルを回していて右肩が痛くなるほど運転がきつかった。剣山頂上はなかなか眺めがよかったが、下ることを考えると、そう気楽には考えられなかった。下りも急な坂の連続カーブで、1速のエンジンブレーキもバンバン使った。多少道に迷ったが、13:00頃には高地の北のまち、大豊町の32号にたどり着いた。この辺から道路の看板に”↑高知
20km”
というのが出てくるので、そのたびコーフンしていた。32号を行くとT字路に差し掛かり、標識の”→桂浜
”というのにしたがい桂浜を目指す。桂浜はもうすぐだ。

しばらく県道を行くと、T字路にぶつかった。そこが黒潮ラインという桂浜へ続く海岸沿いの道路なのだ。T字路を左曲がると”↑桂浜3km”の標識が!
もうすぐだ。もうすぐ竜馬に会えるんだ!
興奮しながらも運転は落ち着きを保つ。有料道路浦戸大橋入り口の直前で右折し、坂を登っていくと...ありました!
坂本竜馬記念館!
国民宿舎の桂浜荘のすぐとなりだ。記念館のPは無料で24h止められるので、今夜はここで寝ることにする。Pのすぐ下には展望台があり桂浜の右側(右浜)から水平線まで眺めることができる。ここまでは無料ではいれるのが凄い。

15:00に竜馬記念館に入る。大人は350円!
県の施設だけに安いようだ。一階、地下一階、地下二階、屋上からなる。一階には竜馬と関わった人物の紹介や、パソコンによる竜馬クイズ、ミニビデオ放映等。まぁ、基本的な知識といったところ。屋上では展望台があり、桂浜全体を見渡せる。ちょっともやがかかっていた感じだが、一番の眺めだろう。地下一階には竜馬に関する書籍とアニメ「おーい!竜馬」のノンストップビデオ放送がある。画質はちょっと悪いようだ。そういえば、俺は漫画よりも先にアニメを見ていたような気がする。アニメでは、竜馬が上海に行くところで終わってるので、ちょっと中途半端なような気がしていた。また放送してくれないかなぁ。地下2階には、竜馬に関する遺品が展示されている。ただし、ほとんどが手紙で、複製の物が多い。展示数が少ない気もするが、このくらいの方がすべてをじっくり見れていいのかもしれない。ちなみに、地下二階は撮影禁止です。おれらは、記念館が閉まる17:00までじっくり見物した。見終わったら、竜馬像は明日にして、とりあえず風呂だ!ということになり、タウンページで温泉を探し近いところに入りにいった。

18:00その温泉についたが、中は全くの銭湯!
でもまぁいいや。一人300円を払い入浴する。中には泡のマッサージ風呂、電磁波風呂、サウナがある。結構安いかも。泡風呂にはいった後、電磁波風呂に入った。これがまたきつい。体中が、正座した後しびれはじめるような重いしびれが、体中にかかる。一分で出た。正直、これが体に効くとは思えない。このあと鼻血を出すというアクシデントもあったが、とりあえずさっぱりして、めしにする。夕飯は行くとき見かけたラーメン屋。ごく普通の店だ。ほんとは新鮮なかつおを食べたかったが、どこに行けば食べれるのか分からず、ラーメン屋に決定してしまった。ここでラーメンを食いながら、中日-巨人戦で中日が勝ったことに喜び、また先週読めず、もう読むのは無理かとあきらめていたマガジンをここで読んだ。なかなかラッキーなもんだ。この後再び桂浜に向かった。

20:00再び竜馬記念館のPに到着。とりあえず一休み、一休み。



坂本竜馬記念館!それにしても高知は暑い!



桂浜の黒潮ラインに近い方。かなり晴れていた

 

8:06 98/08/26

4:00に起き、まだ暗い中を一人で桂浜の中浜へ向かう。Pから600mとのこと。遊歩道の階段を歩いていくのだが、途中で電灯がないところもあり、結構恐かった。そして、看板にしたがって進んでいくと。いきなり目前に巨大な像らしきものが。これが、あの、坂本竜馬銅像か!暗くてよくわからなかったが、最初に見たときは後ろ姿だった。正面に回ると、暗闇の中にも金色の桔梗枡の家紋が浮かんでいた。まぎれもなく、これが竜馬像なのだ。とにかく迫力が凄い。暗闇だったので迫力が倍増したような気がする。竜馬像正面の階段を降りると、桂浜の中浜に降りることができる。海岸沿いに舗装された歩道があるので、歩きやすい。月は...と上を見上げたが、星がまばらに見える程度で、月は出ていなかった。「残念」まぁしょうがない。回りには数人海を眺めているような人がいた。暗くてよくわからなかったけど。しばらく海を眺めた。気温26度くらいでとても気持ちいい。海のはるか沖では、雷が落ちているのが分かった。なかなか見れない光景だ。

この場所で、竜馬たちは何を思ったのか。目をつぶると、その頃と変わらない波の音が答えたくれたような気がする。そのころと変わっていないものといえば、波の音だけだろう。しばらく眺めていると、5:00頃漁船がいっせいに現れ、漁を行っていた。これも昔から変わらないのかもしれない。5:40頃日の出を写真にとり、感動しながらいったんPにもどる。そのとき通った竜馬像は、先よりははっきりとみえたが、迫力でいったら暗闇の方が数段上かもしれない。
9:00頃再び海岸へ二人で行き、竜馬像と桂浜を写真を撮った。すぐ近くに闘犬センターという、お土産屋があるので、そこでミニ竜馬像と、小野っ子、ゆっくん、友人のお土産用に地酒も買う。もっと種類があると思っていたが、そうでもなかった。酒を買った後、「これから闘犬がはじまりまーす」というアナウンスが始まったが、先を急ぐためPに戻った。

桂浜を出て、竜馬歴史館に向かう。高知市内から55号で東に30分ほど進む。野市に入ってからで左折し、ちょっと行くと...あった。入り口の門はお城風で、建物もお城のような作りだ。高・大学生は700円だ。券を買って中に入ると、いきなり竜馬の蝋人形がたっていて、おもわず拝んでしまった。そう、ここは竜馬たちの蝋人形を展示してあるのだ。基本的には竜馬の一生についてだが、それに加えて、ここ竜馬歴史館の立つ土地である野市出身の志士の紹介や、名も知れぬ志士の写真紹介、高知の新聞での竜馬に関する記事等があり、なかなか面白い。

蝋人形はどれも迫力があるが、不満も多い。人形の顔が年齢に関係なく、いつもおんなじなのだ。千葉道場の頃と薩長同盟の頃の竜馬の顔が同じなのには違和感がある。見た感じでは結構ふけた感じなので、晩年の頃の顔を使っているようだ。顔といえば、紗那さんの顔が恐かったのにはショックだった。あれでは、乙女さんの方がましだ。気に入った顔は、高松太郎。出っ歯がいい感じである。他の不満は、こんなに人形がリアルなのに、服装や装飾が手抜きである感じがしたことだ。グラバーと交渉しているときの竜馬が、ブーツでなくわらじだったり、刀の持ち方が変だったり...。セッティングしていて気が付かなかったのかなぁ。

でも、やっぱり蝋人形は迫力がある。正面からにらめっこすると、やっぱり負けてしまうんですよ。あの瞳の光りかたが独特なんで。それに以蔵さんもいてよかったっす。竜馬記念館には以蔵の名前は無かったような気がするけど、歴史館ではちゃんと人形になって暗殺していた。ちゃんと反りの無い刀を握っていた。

新聞記事もなかなか面白かった。「高知城は上士が作ったものだから取り壊せ」といった意見に対し、「あれは建築が難しい土佐に城を構築できた建築技術の結集だ」という記事や、土佐の関取が志士になり脱藩までしたが、なんらかの理由で切腹した話に対して、「維新の奇跡は竜馬や中岡達だけで行ったものではなく、このような無数の名も無い志士の犠牲の上に成り立っているところだ」という記事にも、うなずかされるものがあった。写真が展示してある場所に、らくがきノートがあったので、「歴史は人物」とかいておいた。お土産(かつお)を買って13:00頃車に乗り込んだ。今日中に京都に帰らねば...。

14:00頃昼食を済ませ、とりあえず徳島まで行くことにした。来た道をまた通るのはきついので、ちょっと遠回りになるが、195号で行くことにした。この道は勾配が緩やかで、走りやすく、「行くときもこの道を通ればよかった」と後悔する。夕方に徳島から鳴門に入り、鳴門大橋のみ高速を使い、淡路大島は国道を走った。淡路島は静かな島でした。で、北端まで行ってから淡路大橋で垂水ICまでをまた高速を使う。料金は全部高速を使ったときの半額だったと思う。橋からの眺めはきれいだったが、料金が2倍するのはきついっす。

20:00頃夕飯を食べ、道路が空いてきた頃を見計らって、2号を使い明石、神戸、大宮、途中で左折し、京田辺まで一気に走りきった。この夜は一番疲労が溜まったと思う。小野っ子の部屋に入るなり、30秒で睡眠モード突入だ。



室戸岬の方から日の出だ



竜馬先生の像は大人気なので日が昇るとすぐ人が集まってくる。独り占めしたい人は早朝に会いに行こう



ポーズ(hara)



ポーズ(my)



竜馬誕生。大きくなれよ


勝海舟との出会い。竜馬は既にふけ顔



寺田屋騒動を1コマでまとめるのは辛そう



ちょっと薩長同盟に混ざってきました

 

翌 98/08/27

8:00頃起きる。シャワーを浴び、朝食をごちそうになった。もちろん土佐のお土産も渡しておいた。彼は酒好きなのだろうか? 翌 98/08/29

その後来た道を戻って帰路についた。途中、原の親戚土佐の酒を届け(鯨粋だったかな)29日無事生還した。総走行距離約2000km
よく車ももってくれた。帰路の最中にメーターが10万kmになっていたのに・・。一番疲れたのはこの車かもしれない。

今回の旅はその後予定があったのでかなり急いだ旅になったが、やっぱり旅は急ぐと面白くない。というか発見が少なくなるようだ。今度行くときはのんびり、じっくり、しっ○りいこか。それにしても京都のドライバー(バス・タクシー含む)のマナーの悪さよ。あんたら日本一だよ。

○移動車

 Starlet Gt-turbo H2年


メールをくれればこの紀行の本音バージョンを送ります。いったい京都で何が!!